こうして我が27トレノ君がやって来たのは僕が
19歳の春のことだった。やって来たときの状態は
先にも述べた様にかなりひどい状態で、当時は車
に対する知識も少なく、今にして思えばよくも
この車にしたもんだと言う位、お世辞にも程度良し
とは言えない車だった。
ボディは錆だらけで所々穴が開いている状態で、
黒に全塗装してはあったが、7年落ちとは思えない
ほど傷みはひどかった。レーサスとバケットシート
が付いていたが、欠損パーツも多く、前のオ−ナ−は
よほどの不精者だったに違いない。
しかし、この車と決めたか らには、何とかするしかない。
まず、手を入れたのが錆だらけのボディ。
とにかく、全塗装が前提だった。当時は、レストアと言う
言葉さえ知らなかったので、とりあえずの鈑金でボディの
穴を埋め、ぶっかけの全塗装をした。大分値切ったのだが、
それでもパッと見は綺麗だったし、結構満足していた。
そしてセミワークスのオーバーフェンダーを付けて、
フロント、205/60-13、リヤー、225/60-13の極悪サイズの
タイヤをチョイスしてチンスポ、 リアーウィングと
トラストのレース用たこ足、マフラーを入れた。
なにしろ最初は、格好重視だったので、フルスモークに
ヤンキーホーンまで付けていた。
走りにいく所も、もっぱら繁華街だったので、こんな物で
良かった。それでも毎日乗り回していたので、
月給8万円位の時に、7万円位ガソリンを焚いていた。
今思えば、いったいどうして生活していたのでしょうか。
そしてやっぱりやってしまいました。事故です。バイクと
正面からガツン。今思えば大した事故では無かったのですが、
なんせ初めてですから....
初めて、自分で車を壊して...ん...泣きましたねー。
大事な車が惨めな姿になったのを見て、絶対ちゃんと直すから
と車に謝りました。
この事故をきっかけに、半分レストアみたいな事をしました。
ボディを直すのに85万円位かかったと思う。以前、いい加減な
鈑金をしたところを本格的にやり直し、総剥離して塗装をやり
直しました。修理なって帰って来た車はそれはもうこの世の物
とは思えないくらいビカビカでした。
再び浮かれて車に乗っていますと、今度はライバルが現れました。
通勤時間でいつも一緒になるシティターボです。
これがまたなかなかに速くて、何時も悔しい思いをさせられていました。
そして時期を同じくして初めてのエンジンブローです。
エンジンがこんなにメタクソに壊れるなんて、
またまたカルチャーショックです。
ピストンは割れるは、ブロックからコンロッドは出てくるはで、
ビックリしました。そしてまたまた初めてのエンジンチューンを
するきっかけになったのです。
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